「もう」はまだなり、「まだ」はもうなり/地方再建の処方箋。
市場の有名な格言です。オイルに関係したところは、空前の儲け方をしているわけです。
その代表はドバイ。
ありあまるエネルギー資源を元でに製造業に投資すべきというのが日本人の考える定石ですが、
ドバイは違うわけですね。不動産とか金融で発展させようという考え方です。
日本人から見たらあのバブルと被るような気がするのはおそらく気のせいでしょう。
バブルと言えば、最近の予測は1年ほど前の100ドルが天井だなんて言う予想はどこへ行ったのやら
1バレル200ドルだ!いやいや、250ドルだ!なんて言っていますが、
市場は「まだ」はもうなりです。いくらなんでも1バレル150~180ドルが天井じゃないかと思うのですが。
もっともバブルは「もう」終わると思っても「まだ」続くものですが。
ってだけで、終わらせようと思ったんですけど、こっちの方が本題になってしまいました。
ネタ元のブログの人、逆説的な意味で「日本もピラミッドを造れ」という仰っているのですけど、
という論調を良く目にしますが、じゃあ車も通るのがやっとな砂利道にしておけば今頃農村にも若者があふれ、活力ある地方が実現できたのでしょうか?んなアホな。
それに、地方地方たって定義づけをはき違えていませんか?東京と大阪と名古屋以外ぜんぶが同じ立場じゃないでしょう。
地方中枢都市・中小都市・農村と全部立場は違うわけですし、同じような人口規模でもマツダのある広島と、支店経済の宮城は全然違うだろうということです。
問題は、道路族という輩が大勢いて、それに巣くわざるを得ない土建屋さんが多すぎると言うことです。公共事業に頼らざるを得ない地方というのは産業がないから公共事業に頼るのです。産業のない地方の産業というのはまあ、大体観光と農業(と農産物を生かした軽工業)が定石です。だけど、今の日本にはあまり競争度がないわけですね。国のグランドデザインの問題で、地方の人が泥臭く必死に取り組んでどうにかなる問題じゃないでしょう。
どうしても、公共事業が不可欠というなら、ピラミッドみたいなモニュメントの建設じゃなく、コンパクトシティ化にお金を注ぐべきでしょう。つまり、農村やスプロール化した住宅街を集約するのです。
まあ、スプロール化が進んでいるというのは異論はないでしょうが、農村に人が集まりすぎかどうかというのは議論が分かれるところではあります。でも、それをやってたら話が進まないので暴論じみていますが、北海道の十勝地方をモデルにしてみましょう。十勝地方というのは10,830.99km2(岐阜県と同じ大きさ)に人口はわずか358,653人しか居ません。
同じ北海道で言えば旭川市、本州で言えば高槻市や高崎市と同じくらいです。ちなみに人口密度はわずか32人です。
人口16万9105人、面積618km2の帯広市を入れてこれですから、
差し引きすれば、人口は18万1970人、面積10212.3km2、人口密度に至っては17.8人です。
・・・こんなところに良く鉄道(ふるさと銀河線)を残そうと思ったな。宗男先生は。とにかく、農村の人口モデルをこのくらいとして、農業の新規参入を認め、大規模化したら、おそらく相当の人があふれます。その分を公共事業として、集落を集団移住させ、集合住宅を作って、また、スプロール化した地域を市街化調整区域にして、ゆっくりと衰退させてやって、そのかわり中心部を再開発していけば行政のコストは減りますし、土建屋さんも仕事にありつけるわけです。あわよくば人口集中によるあらたな産業が興ったり、減った行政コストで教育にお金を掛ける事が出来れば、工場も出来るかも知れません。
まあ、夢物語かも知れませんが。
その代表はドバイ。
ありあまるエネルギー資源を元でに製造業に投資すべきというのが日本人の考える定石ですが、
ドバイは違うわけですね。不動産とか金融で発展させようという考え方です。
日本人から見たらあのバブルと被るような気がするのはおそらく気のせいでしょう。
バブルと言えば、最近の予測は1年ほど前の100ドルが天井だなんて言う予想はどこへ行ったのやら
1バレル200ドルだ!いやいや、250ドルだ!なんて言っていますが、
市場は「まだ」はもうなりです。いくらなんでも1バレル150~180ドルが天井じゃないかと思うのですが。
もっともバブルは「もう」終わると思っても「まだ」続くものですが。
ってだけで、終わらせようと思ったんですけど、こっちの方が本題になってしまいました。
ネタ元のブログの人、逆説的な意味で「日本もピラミッドを造れ」という仰っているのですけど、
地方に道路が要らない、地方に道路があるから、ストロー現象が起きて田舎が衰退するのだ。
という論調を良く目にしますが、じゃあ車も通るのがやっとな砂利道にしておけば今頃農村にも若者があふれ、活力ある地方が実現できたのでしょうか?んなアホな。
それに、地方地方たって定義づけをはき違えていませんか?東京と大阪と名古屋以外ぜんぶが同じ立場じゃないでしょう。
地方中枢都市・中小都市・農村と全部立場は違うわけですし、同じような人口規模でもマツダのある広島と、支店経済の宮城は全然違うだろうということです。
問題は、道路族という輩が大勢いて、それに巣くわざるを得ない土建屋さんが多すぎると言うことです。公共事業に頼らざるを得ない地方というのは産業がないから公共事業に頼るのです。産業のない地方の産業というのはまあ、大体観光と農業(と農産物を生かした軽工業)が定石です。だけど、今の日本にはあまり競争度がないわけですね。国のグランドデザインの問題で、地方の人が泥臭く必死に取り組んでどうにかなる問題じゃないでしょう。
どうしても、公共事業が不可欠というなら、ピラミッドみたいなモニュメントの建設じゃなく、コンパクトシティ化にお金を注ぐべきでしょう。つまり、農村やスプロール化した住宅街を集約するのです。
まあ、スプロール化が進んでいるというのは異論はないでしょうが、農村に人が集まりすぎかどうかというのは議論が分かれるところではあります。でも、それをやってたら話が進まないので暴論じみていますが、北海道の十勝地方をモデルにしてみましょう。十勝地方というのは10,830.99km2(岐阜県と同じ大きさ)に人口はわずか358,653人しか居ません。
同じ北海道で言えば旭川市、本州で言えば高槻市や高崎市と同じくらいです。ちなみに人口密度はわずか32人です。
人口16万9105人、面積618km2の帯広市を入れてこれですから、
差し引きすれば、人口は18万1970人、面積10212.3km2、人口密度に至っては17.8人です。
・・・こんなところに良く鉄道(ふるさと銀河線)を残そうと思ったな。宗男先生は。とにかく、農村の人口モデルをこのくらいとして、農業の新規参入を認め、大規模化したら、おそらく相当の人があふれます。その分を公共事業として、集落を集団移住させ、集合住宅を作って、また、スプロール化した地域を市街化調整区域にして、ゆっくりと衰退させてやって、そのかわり中心部を再開発していけば行政のコストは減りますし、土建屋さんも仕事にありつけるわけです。あわよくば人口集中によるあらたな産業が興ったり、減った行政コストで教育にお金を掛ける事が出来れば、工場も出来るかも知れません。
まあ、夢物語かも知れませんが。
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