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zoom RSS 政治における信念ってなんぞや?

<<   作成日時 : 2009/08/04 19:27   >>

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城内実元衆院議員が無断で眞鍋かをりさんの顔写真をポスターに使った使ってないと問題になっていますが、この城内氏というのは「信念」を前面に押し出している政治家であります。

しかし、「信念」というのはどうも「友愛」だの「正義」だのを前面に押し出す鳩山兄弟と同じようなニオイを観じるのは私だけでしょうか?とある面接本には「人は弱点に思っていることほど、人にアピールしたくなる物だ」という記述があったような記憶がありますが、本当は「信念もなく」「非情で」(まあ、ある意味政治的にはあっている気がするが)「悪のような」政治家なのではないでしょうか?

話がずれましたが、今日は別に政治家の個人個人をdisる事が目的ではありません。政治家の信念について考えてみたいと思います。

そもそも信念とはどういう物なのか、手持ちのATOK付属の広辞苑第6版には以下のような記述があります。

しん‐ねん【信念】
ある教理や思想などを、かたく信じて動かない心。「―を貫く」

ある思想を、固く信じて動かないということは、要するにケ小平が来る前の中国とか、チュチェ思想の元に強勢大国(笑)に邁進する北朝鮮は素晴らしい国なのでしょうか?

それは極論としても、彼らは確かに「思想をかたく信じていた」事は事実ではないのでしょうか?しかし、「思想をかたく信じる」という事が多くの餓死者を産み出したのも紛れもない事実なのです。

しかし、麻生太郎氏のように実利主義を取って柔軟に物事を動かすと「ぶれた」だの「エコカー減税とCO2削減は矛盾している」と言われる始末です。では、政治家には本当に信念は必要ないのでしょうか?

信念のなさげな政治家は私の見立てでは鳩山由紀夫氏なんかがそれっぽいような気がするのですが、信念のなさが実利主義に行くのか、迷走するのかは判りません。しかし、「100年後でも国力と活力をもたらす」という目標くらいは必要なのではないでしょうか?

そして、それを信念とするなら「政治家は信念を持つべき」と答えるでしょう。

そもそも論ですが、社会主義も、新自由主義も、右翼も、左翼も結局は、「100年後でも国力と活力をもたらす」ことをもたらすための手段に過ぎず、それを目的化したり「信念」と自称すると結局城内氏や文革みたいな惨事を招くのかな?と愚考いたします。

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
はじめまして、あかさたな様。
いつも楽しく読んでおります殻繰師と申します。

 今回の記事の「信念」についてですが、これって言い換えれば「国益より自分勝手なイデオロギーを優先する」というような気がします。
 信念というのは、自分自身が常に絶対に正しい側に立っているというゴーマンさが垣間見えて、個人的には僕も嫌いな言葉ですね。
 そんな私利私欲に走りやすい概念を持ってる奴よりも、「理」を中心に据えて、目的達成のためならば手段を選ばない「理念」型の政治家の方が遥かに好感が持てます。
(だからこそ僕個人は、安倍元総理よりもエージェント福田の方が好きだったりして、酷使様達に色々揶揄されてしまいましたw)

 さて、今回の総選挙ですが、鳩山氏に関しては確かに信念は無いんでしょうが、今一つ「小沢一郎」の考えが分からないんですね。
 民主党を支持する右派が言うには、小沢一郎はその数々の書籍で出てくる言葉から民族主義的な右派の信念を持っているそうです。
 その為に旧社会党の連中や、烏合の衆である前原グループを利用しているに過ぎない、と。
 そういった意味では、ある意味小沢も理念型の政治家と言えるのではないか、と。
(だからこそ、麻生総理の天敵だった野中広務にさえ滅茶苦茶嫌われているようです。野中も野中である意味、「信念型」の政治家ではあるでしょうから)

 もしそうであるならば、今回自公対民主の選挙においてどちらも過半数が取れない場合、もしかしたら大連立も有り得るんじゃないかなーと何となく思っている次第で、、、
 その伏線で麻生降ろしやらがあったんじゃないかなーと思っております。

来年には、もしかしたら政界一の風見鶏である小池百合子が総理大臣をやっていたりするかもしれませんね。
殻繰師
2009/08/04 20:11
エントリーを書こうと思いましたけど、思いの外思いつかなかったので・・・。
>これって言い換えれば「国益より自分勝手なイデオロギーを優先する」というような気がします。
>信念というのは、自分自身が常に絶対に正しい側に立っているというゴーマンさが垣間見えて、個人的には僕も嫌いな言葉ですね。

そういえば、城内氏や平沼氏のような人は真正保守と自称していますが、真に正しい保守と書きますよね。真に正しいの定義って何じゃそりゃ?

社民党もそうですが、テンプレートにはまった反応をする人がかなり居ますけど、個々の案件でバラバラの意見になる政治家の方が良いに決まっていると思うんですけどね。

>そんな私利私欲に走りやすい概念を持ってる奴よりも、「理」を中心に据えて、
>目的達成のためならば手段を選ばない「理念」型の政治家の方が遥かに好感が持てます。
ここからもリンクを張らせていただいているような雪斎先生みたいな人ですかね?
あの人は右も左もdisっていて、「イデオロギーフリー」なんてことを公言しておりますからね。

>酷使様達に色々揶揄されてしまいましたw
まあ、あの人達はファシストなので・・・。

>その為に旧社会党の連中や、烏合の衆である前原グループを利用しているに過ぎない、と。
>そういった意味では、ある意味小沢も理念型の政治家と言えるのではないか、と。
小沢一郎氏は自由党と合併する前は新自由主義よりの人間でしたねえ。一般には左傾化したと言われていますが、案外政権獲って爪を出すのかもしれません。

あかさたな
2009/08/05 18:49
>野中も野中である意味、「信念型」の政治家ではあるでしょうから
あの人は、あの人で出自のこともあり「部落差別を無くそう」と言うことを言っていて「部落利権は逆差別」とはっきり言ってきたのですけど、未だに西日本には被差別部落への差別も逆差別も無くなっていないことを見ると、あそこまで権力に上り詰めた人なのにと残念な気持ちになります。

>政界一の風見鶏である小池百合子が総理大臣をやっていたりするかもしれませんね。
鳩山さんのつぎありそうですよね。
あかさたな
2009/08/05 18:49

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