あかさたなの執行実験場

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help リーダーに追加 RSS ノーベル賞から民主主義を考える

<<   作成日時 : 2008/10/08 20:27   >>

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今回のノーベル賞。30年前の研究ということで、学力低下云々を批判したマスコミがあります。
だけど学力低下という割にだれも教育費を増やそうとは言わないのはなんなんでしょう?
良い物はお金が掛かるという当たり前の世の中の摂理のはずなのに・・・。
まさかみなさん昔ながらの詰め込み教育に戻せばなんとかなると思って居るんですかね?

良い物にお金が掛かると言いましたが、
ぶっちゃけタダであればあるほど良い物というのは宗教くらいしかないと思う。


結局「高齢者」福祉は票になるけど、その他の障害者や児童福祉や教育なんかは全く票にならないから、こんな惨状になっているのでしょう。でもさ、これって土建屋政治と構図はまったく変わっていないでしょう。チューチュー甘い汁を吸う対象が土建屋さんか高齢者かの違いだけで。しかもメジャーどころで、この風潮に誰も異議を唱えないから、ますます土建屋政治よりも始末が悪い。そんなわけだから、昔ながらの「守ってあげる福祉」、「若い人に金をかけない教育」なんてのが横行している。「若い人にお金をかけなくても良い」という風潮が使い捨ての非正規雇用をうみだす一因なのかも知れません。

守ってあげるで思い出したけど、今時の漫画でも、主人公が守ってあげるヒロインなんて時代遅れで、主人公と対等に戦う強いヒロイン像が好まれている風潮にありますね。恋愛物でも清楚なヒロインも根強い支持があるけど、勝気で男勝りなヒロインの方が人気があるくらいです。


政治家は良くも悪くもどの国も自分の票になることに最も忠実になるわけです。あの民主主義の国とみなさんが賛美するアメリカでさえ落選を恐れて一度は金融安定化法案を否決しましたし。それなのに事が起きたら「政治家は何とかしろ、行政は何とかしろ」の一点張り。
これではまるで、自分が主体となっているという式が欠如して、江戸時代の主君様が国を治める時代で止まったかのように感じるのは私だけでしょうか?
この政治や行政と一般国民との乖離っぷりはいったい何なのだろうと思います。よく説明されるのは「GHQから与えられた民主主義」だからという話ですが、あの大正デモクラシーは「無かった」のでしょうかね?だとしたら戦陣に非常に失礼な話だと思います。(少なくとも戦前までと戦後ではまるで別の国かのような話になるのは、GHQのお陰でしょうけど)

やっぱり、東洋人には本質的には民主主義は向いていないんじゃないかと思うんですね。だからと言って、江戸時代のように将軍に政治を任せて、鎖国をやって、仲良くって時代じゃないわけです。つくづく今って世知辛い時代ですね。

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